ローマ11章
☆今日のみことばの分かち合い
ローマ人への手紙
11:4 ところが彼に対して何とお答えになりましたか。「バアルにひざをかがめていない男子七千人が、わたしのために残してある。」
☆感想
ホセア書
13:1 エフライムが震えながら語ったとき、主はイスラエルの中であがめられた。しかし、エフライムは、バアルにより罪を犯して死んだ。
13:2 彼らは今も罪を重ね、銀で鋳物の像を造り、自分の考えで偶像を造った。これはみな、職人の造った物。彼らはこれについて言う。「いけにえをささげる者は子牛に口づけせよ」と。
8:6 彼らはイスラエルの出。それは職人が造ったもの。それは神ではない。サマリヤの子牛は粉々に砕かれる。
8:7 彼らは風を蒔いて、つむじ風を刈り取る。麦には穂が出ない。麦粉も作れない。たといできても、他国人がこれを食い尽くす。
10:13 あなたがたは悪を耕し、不正を刈り取り、偽りの実を食べていた。これはあなたが、自分の行いや、多くの勇士に拠り頼んだからだ。
ガラテヤ人への手紙
6:7 思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。
残念ながら、今日の教会もエリヤの時代と同様バアルを熱心に拝んでいる。
みことばには、多くの混ぜ物(カウンセリング理論、成功哲学、ヒューマニズムなど)をしている。
そして、それを熱心に信奉することで、神さまの栄光を現せるのだと思い込んでいる。
しかし、肉によって御霊の実を結ぶことはありえない。
必ずその刈り取りもする。
いつも神さまの選びによって残された者でありたい。
それは、神さまの恵みによるのであって、自分の努力によるのではない。